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大和民族大學校 怪しい

大和民族大學校 怪しい

大和民族大學校というと一見宗教だろうか?怪しいのではないかと思われることもあると思います。

ですので、ここでは、

なぜ大和民族大學校という名前をつけたのかについてお伝えしたいと思います。

私は23歳のころに起業して、自分の力で売り上げを立てることに成功し比較的自由な人生を歩むことができ、自分の境遇に満足も感謝もしていました。

しかし、この成果を得ることができた学びは、義務教育の中には全くなく、早稲田大学の商学部を卒業しておりますが、そこでも起業家として生きていくのに役立つ教えはありませんでした。

なので今の義務教育は、あまり自由や幸福を得るのに適切ではないのではないかと疑問を感じ始めるようになります。

そこから、現代人の成功とは何かを考えるようになり、

若かった当時は「自分でお金を稼げれば成功」と考え自分のコミュニティの参加者の方々が簡単にお金を稼げるようになる仕組みを考えることに集中し、私自身もただ利益や効率、合理性を追求していきました。

その結果として大きな売り上げをあげることもできるようになったのですが、同時に人間関係が犠牲になり、家族との喧嘩やコミュニティの争いごとが増えていきました。

これは自分が望んだ世界ではないと感じるようになり、世界の教育を見てみようと思い、世界旅行を1年半ほど家族と一緒に巡るようになります。

当時は、日本がなんとなく元氣がないなと思って、海外の良いものをいろいろと輸入することによって良い教育を創れるのではないかと思って日本を出ました。

しかし、海外にいくと、パリでは、ちょっと目を話した隙に、カメラやPCが盗まれ、ずっと暗い雲に覆われ、汚い歩道、、

イギリスでは、コーヒーを頼んでもサンキューをいわれないでドスンと置かれる。アプリストアーをみてもエンタメが全くなく「愛がないな。。」と感じました。

海外の食事はもはやマクドナルドが一番安心する美味しさとなり、美容院にいくと確実にダサい髪型になりました。

そんな経験を行なっているうちに

「日本はなんていい国なんだ!!」

と思うようになったのです。

イスラエルで、「ユダヤ教学びたいんですけど」といったら

「日本もすごい強い文化あるじゃないか、神道は学ばないの?」

と切り返され、そこから神道に関心を抱くようになりました。

そして神道を学んでいくと、日本ということが本当によくわかるようになりました。

私は皇学館大学の神道専攻科の関係で、日本の古来からの神社に奉職活動をさせていただく機会を賜り、正月からお守りを配布したりする経験をするなかで、奉職終了日、みんなで解散のために帰ろうとした参道に人が全くいなくて清々しく綺麗な景色がひろがり、、

「日本人として生まれてきて本当によかった」

と心からおもったのです。

小学校、中学校と、日本人は神様や神社のことを学びませんので私たちがなぜ日本人なのか、日本人とはなにかを知りません。

私は、少なくても今の日本の現代人の成功とは、、

日本人であることの自覚と先人たちの念いを継ぎ歴史をつなぐことに貢献することなのではないかと思っています。

日本は神の国であり、あなたたちは大御宝なのです。

日本はいまだに敗戦国で文部科学省がこうした教育を行うことは禁じられています。

神や宗教を危険視し、排除することを善しとするジャーナリズムの大きな影響で宗教的な名前を掲げると拒否反応を示される国民の方が多いことも理解しています。

それでも、私たちは大和の民なのだ。ということに誇りを持ってもらいたい。そのような念いからこの名前をつけました。

大和の心を持つ起業家をたくさんつくり、最終的には世界にこの精神を輸出していくことが日本の貢献だと信じています。

そのために大和民族大學校と名付けました。

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